再スタート


アメリカ滞在中に、天心はセントルイスで開かれた万国博覧会では、 ルーブル博物館長の代わりに急遽講演を頼まれ、 「絵画における近代的諸問題」というテーマで演説した。
それはアメリカに留まらず、 ヨーロッパに広がるほどに大喝采を受ける内容であった。
 
その後、天心は「日本の覚醒」という本を書き上げて出版する。
これはアメリカ、イギリス、フランスなどでは翻訳されて広く話題になるものの、 日本ではほとんど知られることはなかった。
 
アメリカでの成功とは逆に、日本での活動は窮地に立たされていた。
日本美術院は経営の悪化による縮小せざるを得ない状況の中で、 天心は五浦へと移転することを決める。
天心と一緒に横山大観、菱田春草、下村観山、木村武山らも引越しして、 日本美術院の再スタートを図ることになるが、 世間ではこの出来事を日本美術院の都落ちとまで言われた。
 
日本美術院の衰退の原因の一つでもあった『朦朧体』は、 相変わらず世間で認められることはなく、 弟子の横山大観らは食べるのに困るほど貧困に苦しんでいた。
しかしそんなときでも天心は彼らの芸術が必ず世に認められる日が来ると言ったという。
 
五浦とボストンを行き来する生活のころ、天心は『茶の本』という本を出版した。
この本では、天心の芸術論を語り、西欧を皮肉った内容であったが、 アメリカでは大ヒットし、天心の名前をより世界へと広めることとなった。

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