五浦の六角堂


日本美術院がいよいよ縮小せざるを得ない状況になってきたころ、 天心は茨城県出身の画家・飛田周山の勧めで福島、茨城に旅に出ていた。
天心はその旅で茨城県の五浦海岸へ訪れた際に心を打たれ、 その場所を気に入ってしまい、 旅から帰ると天心は家族に意見を聞いて五浦へと引越しを決めた。
引っ越した先は決して綺麗ではなく、荒れ果てた家であったが、 五浦のその雄大な風景は天心の心の苦悩を洗い流してくれるものだった。
天心は引っ越したあとも次々と土地を買い足し、 海岸の自然景観保存と日本美術研究のための場所の確保などをした。
 
天心は自らの設計によって、波が打ち寄せる岩頭に六角堂という自身の離れ書斎を作った。
その素晴らしい建築は、天心のデザイナーとしての才能も見せるものであった。
 
明治37年、天心は横山大観、菱田春草、六角紫水を連れてアメリカへ渡った。
天心はビゲローの勧めでボストン美術館へと出向き、 日本美術品の整理と目録を作成した。
これ以来、天心は一年の半分は日本、もう半分はボストンで暮らすことになる。
ボストンでの生活で天心は東洋美術に強い関心を持つガードナー夫妻と知り合った。
ガードナー夫人とは美術に関して互いによく理解し合い、生涯友好的な関係を続けていくことになる。

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