中国視察旅行


中国に視察に行ったが、中国の治安は悪く、 天心は中国人を装いながら古美術を見学することになった。
中国ではロバで移動し見て周り、 中国の古い芸術に触れるたびに、 東洋の素晴らしさを感じるものであった。
旅の間には水や南京虫に悩み、 中国人との交流は実現しないまま帰国することとなった。
 
中国から帰国した転進は美術学校では第一回の卒業生として 横山大観や下村観山らが卒業をすることになり、 卒業生の中で優れた人材には助教授の地位を与えた。
明治27年には美術育英会が設立され、天心は多忙であったが、 そのころ行儀見習いで家に来ていた 腹違いの姉・八杉よしの娘・貞と恋に落ちた。
天心は当時33歳、やがて二人には子供が出来ると 貞は家を去ってひっそりと男の子を生んだ。
貞が去ってしまったあとも天心は援助を忘れることはなく、 連絡役に中国視察旅行へ同行した早崎を使うなどをしたが、 やがて彼らは互いに惹かれあうようになった。
 
天心の父親が亡くなると、アメリカでメアリーという女性と 再婚したフェノロサがやってきた。
フェノロサは再婚するにあたってボストン美術館で 職を失ってしまっていたので、天心は日本での彼の職を 見つけようとしたのだが実現には至らなかった。
このことがメアリー夫人の怒りに触れ、 これ以降は天心とフェノロサ夫妻の間に溝ができてしまった。

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