文部省就職


フェノロサと行動を共にするようになったころ、 茶会に出席した天心は大岡基子と知り合った。
二人は相思相愛となり、父親の後押しもあって天心17歳、 基子12歳という若い夫婦が誕生した。
二人が知り合い、結婚をするきっかけともなった茶会を通じて、 天心は茶道にも興味を持ち、学んでいった。
これが後に「茶の本」という本を出版する際に、 非常に役に立ったと語っている。
 
卒業を控えた天心は、入念な下準備を整え二ヶ月たっぷりかけて 『国家論』という卒業論文を作成したが、完成する間際になって、 基子との痴話喧嘩により燃やされてしまった。
基子がまだ妻としては幼かったことや、長男を身ごもっていたこと、 天心が卒業論文の製作のために忙しくてかまってもらえなかったことなどが原因である。
卒業論文の提出まであと二週間という状況で、今から資料なしで作るには、 フェノロサの助手をしながら身につけた 日本古美術に関する研究などによる『美術論』しかなかった。
仕方なく取りかかったものの、実際に書き始めてみると 『美術論』は非常に楽しくて心が弾むものであった。
後に自分の道を決めた出来事を「ママさんのやきもちのおかげ」などと話したという。
 
無事に卒業が決まってからも天心は、 フェノロサと共に京都や奈良に古美術収集に行くなど、調査を続けていた。

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