東京開成学校


天心は13歳で東京開成学校普通科(現在の東京大学文学部) の受験を突破し、見事に入学した。
学校の授業はすべて外国人教師が英語で行うものであったが、 長年学んできた英語力が大きなアドバンテージとなり、 学長の浜尾新も期待を寄せるようになった。
天心はそのころ奥原晴湖という女流画家に文人画を学び、 その後南画も学んで、森春涛から漢詩も学んだ。
 
明治10年には東京開成学校は東京医学校と合併をして東京大学へとなり、 そこで受けたウィリアム・ホートンの授業が気に入って英文学を学ぶようになった。
天心の好きな作品はヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」などで、 それを語り合う仲間として坪内逍遥や高田早苗らと知り合うようになった。
 
学校の講師としてアーネスト・フェノロサが来日すると、 天心はフェノロサの趣味である古美術品の買い物のための通訳をするようになる。
フェノロサは外国人教師であったが、 当時の日本人以上に日本の文化や古美術に関心を持っており、 長きに渡って日本の芸術を守るための活動をした人物である。
当時の日本は西欧文化が大量に流入しているころであり、 古寺や神社が次々と破壊されていた。
フェノロサの手伝いをしていた天心は日本の古美術の真価に気付き、 日本文化を守るために何とかしようと思った。

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