バラ塾


天心が幼くして英語に長けていたのは横浜という環境が大きかった。
父親の進めで7歳のころからアメリカ人のジェイムズ・バラの経営する 私塾『バラ塾』にて英語を習うようになると、さらにその英語力に磨きがかかった。
生涯を通して母国語のように英語を操り、外国人教師とコミュニケーションを取ったり、 海外において自然に講演ができたことの基礎はここで作られていたのである。
 
『バラ塾』に通うようになってしばらくすると、末の妹である蝶子が生まれた。
しかしそのときに母親は産褥熱に襲われて、37歳という若さで亡くなってしまい、 神奈川宿場の長延寺という場所で葬儀が行われた。
 
早くに母を失ったことは、天心はもちろん家族にも大変なショックを与えた。
「石川屋」を経営する父親は商売で忙しかったため、 家庭のことも考えて翌年に3人目の妻となる大野静子と再婚し、 天心と蝶子は里子に出されることになった。
 
里子に出された天心は、食事のことなどでけんかをすると さっさと実家に帰ってきてしまった。
しかし実家に帰ると、母である前妻に呼ばれて福井から来ていた乳母のつねは、 母の死後、福井に帰ってしまっており、 天心は母と母代わりの存在を一度に失ってしまうことになった。

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