石川屋


両親は「石川屋」の商売が忙しかったこと、 長男である港一郎が病弱であったことなどから、 天心には世話をするために福井から呼ばれた「つね」という乳母がいた。
つねは曲がったことが大嫌いで、 天心がだらしないことをしたりすると火のように怒った。
天心を立派な男に育てるためのつねの心遣いであったが、 それは幼い天心に大きな影響を与えた。
 
天心は幼いころからその才能を発揮しており、勉強だけでなく、 南画(文人画)、漢詩、琴曲、茶道なども習った。
学校に行ってからは主専攻の政治、経済学よりも英文学・漢文学に熱を入れ、 和漢洋の教養を広げることとなる。
 
一番最初に才能の片鱗が見えたのは英語である。 「石川屋」に訪れる外国人の買い物の様子を見て育った天心は、 ある日買い物に来た外国人の言うことが分からなくて困っていた父親に、 外国人が何と言ったか通訳をして見せた。
後から中国人の通訳に聞いてみたが、 天心が言った内容と同じだったため父親は非常に驚いたという。
 
この出来事があってから、父親は天心に英語を習わせることを決める。
家族に英語が出来る人間がいれば、いちいち通訳を雇わなくていいし、 商売をする上で役に立つと思ったからである。
英語を習うようになってからは、天心は「石川屋」の通訳として店をより繁盛させた。

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